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September 0891997

 雁来紅や中年以後に激せし人

                           香西照雄

こで雁来紅は「かまつか」と読ませる。そのまま「がんらいこう」と読む場合もある。『枕草子』六七段に「雁の来る花とぞ、文字に書きたる」とあり、要するに葉鶏頭(はげいとう)のことである。職場の同僚だろうか。若いころから温厚で通ってきた人が、中年にいたって急に爆発的に怒りを表すようになった。彼に何が起きたのか。その怒りを色彩に例えると、雁来紅の少々黒味を帯びた紅色に似ているというのだ。「かまつか」という語感も「顔が真っ赤」に通じていて、句にいっそうの深みを添えている。寂しき中年よ。もちろんお互いに、だ。(清水哲男)


October 03102000

 雁来紅弔辞ときどき聞きとれる

                           池田澄子

が飛来するころに葉が紅く色づくので「雁来紅」。「かまつか」の読みも当てるが、掲句ではそのまま「がんらいこう」と読ませるのだろう。葉鶏頭のこと。故人とは特別に親しかったわけでもないので、作者は参列者の末席あたりにいる。「雁来紅」が目に写るということは、小さな寺で堂内に入れずに、境内に佇んでいるのかもしれない。こういうことは、よくある。したがって、弔辞もよく聞こえない。こうした場合、普通は「よく聞きとれぬ」と言うところを、同じことなのだが「ときどき聞きとれる」とやったところに可笑しみが出た。物も言いようと言うけれど、掲句の「言いよう」には俳句での年季が感じられる。「聞きとれぬ」と「聞きとれる」では、葬儀そのものへの感情的距離感がまったく違ってしまう。「聞きとれぬ」は悲哀に通じ、逆に「聞きとれる」は諧謔に通じる。作者は、そのことを十二分に承知している。「雁来紅」はいよいよ鮮やかに目に沁み、いわば義理で出ている葬儀はなかなか終わりそうもない。『ゆく船』(2000)所収。(清水哲男)


September 2892005

 殊に濃き天誅村の葉鶏頭

                           塩路隆子

語は「葉鶏頭(はげいとう)」で秋。雁が飛来する頃に葉が色づくので、「雁来紅(がんらいこう)」とも。「かまつか」の別名もある。句の「天誅(てんちゅう)村」とは、おそらく幕末の尊王攘夷激派であった天誅組終焉の地の奈良県は東吉野村のことだろう。明治維新の五年前、大和に兵を挙げた若き浪士の集団・天誅組は、思いもよらぬ京都での政変のあおりをくらう形で朝敵視され、志を果たせぬままに討ち果たされた。純粋が老獪に破れた格好だ。非情なことを言えば、逆の立場の新撰組がそうであったように、彼らもまた新しい日本をつくるための捨て石であった。現在、東吉野の里には終焉の地の碑が建てられており、その悲劇性により全国的にも人気が高いという。そんな若者たちの烈々たる赤心を、作者は葉鶏頭の朱に認めたのだろう。そして「殊(こと)に濃き」色には、流された彼らの血の色も重ねられている。歴史的に有名な事件や出来事のあった土地を旅すると、どうしてもそれらのフィルターを通して、風景や景物を眺めることになる。そこで日常生活を営んでいる人たちはさして意識していないことまでをも、旅行者の目は見つめてしまう。掲句もその典型の一つだ。が、しかしこのようにして歴史は後世へと語り継がれていくのでもあるから、貴重な一句と言えよう。『美しき黴』(2004)所収。(清水哲男)


August 0682010

 山羊の怪我たのまれ診るや葉鶏頭

                           三嶋隆英

診のあと、「先生、うちの山羊が岩場で肢切りよったんでちょっと診てごしないや」「おいおい、俺は人は診るけんど、山羊は診たことねえな」「同じ生き物でしょうが。ちょこちょこっと頼みますけん」出雲弁ならこんなところか。作者は医師。地方だとこんなこともあるのだろう。僕の場合はちょうど逆、獣医師だった父にお尻にペニシリンを打ってもらった。肺浸潤の自宅療養中にどうしても医者に注射されるのが嫌だと暴れたせいだ。あとで父は、あれは危なかったなと反省しきり。僕は豚用のビタミン剤も舐めたことがある。自慢にはならないけど。『自註現代俳句シリーズ・三嶋隆英集』(1996)所収。(今井 聖)




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